「役に立つ」ため
ということが腹落ちしました。
なぜ小学校に行くのか?
そして、その後も学び続けるのか?
小学校に行った目的は?
子供を小学校に行かせる目的はなんなのか?
学校の先生も校長先生も明確化できていない。
自分たちの組織の目標が「教育」になっている。
と感じます。
特に公務員志向で先生になった人と接すると
違和感を感じます。
だから、やっていることに方向性が見られなく、
なんだか崩壊していて、
就職も意識していなければ、
家庭も意識していない。
なぜ、勉強しなければいけないか?
「役に立つ」ため
ただ、単純にそれだけだと思う。
あいさつができない
感謝ができない
掃除ができない
字が読めない
足し算ができない
運動ができない
という人は「役に立ちづらい」
地球の「役に立つ」
人の「役に立つ」
誰か(何か)の「役に立つ」
未来の「役に立つ」
何の「役に立つ」のかは、まだよくわからないけれど、
人という生き物には、
「役に立つ」
ことが必須の能力だと思う。
一人で生まれて死んでいくだけなら、
学ぶ必要もなく本能のまま生きればいい。
実際に親すら何も教えない
生物は地球上に多くいます。
でも、人間は多くの場合、子供と一緒に長い時間を過ごします。
「役に立つ」ため
親やコミュニティーがいろいろ教えます。
人はなぜ生きるのか?
「役に立つ」
ためでも良いのではないか。
私の”子育て”と”自分育て”の目標は、
「役に立つ」
という事に決めました。
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